東京高等裁判所 昭和34年(う)2139号 判決
被告人 津野陽太郎 外二名
〔抄 録〕
原判示事実は、原判決挙示の証拠を総合すれば優に認めることができ、記録及び証拠物を精査し、かつ当審において親しく事実の取調をした結果をも加えてしさいに検討してみても、原判決の事実の認定にいささかも誤ある廉は見い出されないのみならず、所論のような違法も一つとして存しない。これを所論に従つて分説すれば、
第一、控訴趣意の一、について
刑法が過失犯においてその刑責の理拠として要求する注意義務が、その社会環境にいて客観的個別的かつ具体的に検討せらるべきものであり、しかもその注意義務の内容が余りにも苛酷高度なものを要求せらるべきではないことは、まことに所論のとおりである。しかしながら本件において原判決の判示した被告人らの注意義務が、所論のように余りに苛酷高度なものであつて、過失の本質を見誤つたものであるとは考えられないのであつて、よしや当時の電気工作物規程に明確な定めがあつたとしても、被告人らに対し漏電による事故発生の危険を防止すべき注意義務が否定されるわけのものではない。そこで
(一) 原判決はその理由冒頭の第三分館本館の壁及び外灯用ブラケツトの構造と題する部分において外灯用A型ブラケツトの構造について所論引用のごとき判示をしているのであるが、右は原判決援用の関係証拠とくに原審第九回公判における証人池田元之助及び同伊桜市佐衛門の各尋問調書の記載などによつて、外灯用A型ブラケツトの構造上の弱点を判示したものとみられけつして証拠に基づかないで誤つた想定事実を仮定し、その上に立つて本件過失を認めたというがごとき違法が存するものではない。
(二) 被告人菅井が、本件ブラケツトを取りつけるに際し、原判示のごとくジヤンピングをもつて、直径約三分五厘の穴三個をあけ、その穴の周囲について、単に、ワイヤラスの有無をべつ見したのみで、ラスが見当らなかつたところから、不注意にもねじ釘とワイヤラスとが電気的に接続することがないものと軽信したとする点についても、原判決挙示の関係証拠とくに同被告人の昭和三〇年一一月一八日付及び同月二三日付検察官供述調書の各記載によつて明らかであつて、同被告人が「ビスを打込む際一応ビスがラスに接触すると、もしブラケツトからビスに電流が流れる際、この電流がラスに通じて電気事故を起すかも知れないという心配があつたので、一応接触しているかどうか穴を見たが、接触していそうにも見えなかつたので、その侭直接打込んだ」というのであるから、入念にビスとラスとの接触又はその危険の有無を確認しなかつたわけであつて、原判示のごとくワイヤラスの有無を点検するにつき電気工事人としての注意を払うにつき欠くる所があつたというべきである。よしや所論のごとく同被告人においていうがごとく「ビスは奥の方にしつかり入つたので別に電気的に危険とは思はなかつた。ラスなどにビスが触れているように見えなかつたので別に危いとは思はなかつた」としても、その判断にこそ注意義務の欠けていたことがうかがわれるのであつて、原判決がこともなげに同被告人に注意義務の違反があつたと判断したものではなく、また高度苛酷な注意義務を同被告人に求めたわけのものではない。なお所論のごとく本件ブラケツトの取付をしてから約一〇箇月も完全に外灯の用をしていた事実などに徴して、同被告人の行為にはいささかも違法視さるべきものを含んでいないとはいいがたく、また所論引用の同被告人の供述によつて、その電気工事人として、本件ブラケツトの取材に際して注意義務を尽したことが肯認されるわけのものではない。
(三) 本件ブラケツトの使用及びその取付方法についての当時の客観的社会的状況に関しては、原審において詳細に審理を尽したところであつて、所論のごとき諸点にいささかも考慮を払わず、ただただ本件結果が重大であつたことから、事を感情的に判断したとみるべき跡はない。また原判決は所論のように被告人らがA型ブラケツトを使用したことについてその注意義務違反を問責しているのではなく、その取付方法について注意義務を怠つたものと判示したものであるから、ビスとラスとが接触して居らず、又その接触などによる発火の危険が全然ない場合はもとより木台使用などの措置を執る必要のないことは論をまたないがかかる危険がまつたくなかつたものと認めることのできない本件にあつては、被告人らの取付工事を目して完全なものであつたとはいいがたく、たとい偶然にも予期しない事由も加わつて器具に故障を生じたため漏電事故が起つたとしても、工事担当者としての刑責が否定されるわけのものではない。つぎに所論タンブラスイツチの状況については、電灯に対する安全装置が第一次的にはタンブラスイツチであることは所論のとおりであるが、本件ブラケツト取付工事につき原判示のごとく被告人らにおいて注意義務を尽さず、そのため原判示のごとき漏電事故により出火した場合においては、たといタンブラスイツチに適切なヒユーズを使用しなかつたことがその火災発生原因に競合したとしても、このことの故に被告人らの刑事責任が否定されるべき筋合ではないことは原判決説示のとおりである。いわんや原審第一八回公判廷における証人山崎貫三の証人尋問調書の記載によれば、本件の場合正常なヒユーズが使つてあつたとしてもヒユーズは飛ばなかつたのではないかと思われるというのであるから、タンブラスイツチにおけるヒユーズの強弱より被告人らに過失なしとする所論には賛同することはできない。もしそれ所論の本件ブラケツト自体に施されている絶縁措置にいたつては、その甲斐なく原判示のごとくブラケツト腕筒内の電線がソケツト側末端附近で、同腕管のソケツト側先端に接触して漏電し、この電流が原判示のごとく被告人らのブラケツト取付工事不完全のためワイヤラスに流入して発火するに至つたものであるから、ブラケツト自体の絶縁措置のいかんによつて被告人らの過失罪の成立に消長を来たすわけのものではない。さらに本件のごとき場所にA型ブラケツトを取付けるに際し木台を使用すべきか否かの点については、原判決といえども所論のように木台を使用することを絶対的必要条件としたわけのものではなく、本件のごとき壁に外灯用A型ブラケツトを取付ける工事に当つては、これを金属製部分(ねじ釘)がワイヤラスなどと電気的に接続しないようにすべき絶縁措置の一方法として木台を使用することが必要であつたというのであるから、よしやかかる木台の使用は必らずしも当時すべてのブラケツト取付工事においてなさるべきものではなかつたとしても、原審証人梨元文治、同長沼節、同五十嵐語明、同丸山文栄、同伊桜市右衛門及び同池田元之助の各尋問調書の記載に徴すれば、当時においてもいわゆる木台使用の実例は可成り見受けられたというのであるから、少くとも本件のごとき取付工事に際しては何んらかの適当とする絶縁措置を講すべき筋合であつたのであり、たとい当時の電気工作物規程において直接明確にこの点につき規程はなかつたとしても、電気技術家又は電気工事従事者の当然採るべき方途であつたことが窺知されるのであつて、ただ当時においてはかかる漏電による事故防止の措置が励行されていなかつたというにとどまるのであるから、たとい右規程の改正前はかかる木台を使用しないのが慣例であつたとしてもこのことの故に被告人菅井に過失がないとするわけにはいかない。
第二、前同の二について
被告人津野及び同村山の両名につき、それぞれ原判示のごとき業務上の注意義務のあつたことは、原判決の説示するところによつて明らかであつて、被告人菅井の工事方法にいささかも手落がなかつたとして、津野、村山両名の注意義務を否定する所論は、その前提を誤れるものというの外はなく、また所論のごとく工事終了後に検査しても、果して電気的試験によつてラスとビスとが接続していることが判明することは難しいとか、工事後一〇箇月もなんら異常なく、点灯されていた事実に徴し電気的に接続していなかつたことは明白であるから、工事終了後科学的検査をしても不良の結果は出ないとし、そのことの故をもつて右両被告人の刑責を免れしめるわけにはいかない。さらに所論木台使用のことについても右両被告人に関してもその採用すべからざることは前説示によつておのずから明らかであつて、原判決にはこの点についても審理不尽による事実誤認は見当らない。
第三、前同の三について
本件ブラケツトの頭部附近が異常な強風のため破損し、漏電することは全く予見不可能であり、かつ被告人らに原判示のような絶縁措置を講ずることを期待することは不可能であるとの弁護人の主張については、原判示の説明するところによつていずれもその採用することができないことは明らかであつて、その前者について原判決がその理由づけとした所論援用の被告人らの供述などについては、これらによつて被告人らの意見が可能であつたとした原判決の判断が誤つているとみるべき跡はなく、又原審が所論の各点についてなんら考慮を払うことなく審理不尽であつたとはみられない。もしそれ電気工作物規程についての所論にいたつては、よしや当時ブラケツトの取付についてなんら規定するところがなかつたとしても、またその改正規程の施行期日が緩和された事実があつたとしても、このことから予見不可能とする所論が容認されるわけのものではなく、所論引用の木台使用の例として原判決が証拠に挙示した証人伊藤幸夫らの供述記載については、よしや丸型ブラケツト使用の場合又は昭和三一年以後取付のものであるなどであるとしても、これらを目して採証の方法を誤つたものとはみられない。なお本件A型ブラケツトが電気器具であること及び型式承認のマーク入りで市販されていることよりして所論予見不能が肯定されるわけのものでもない。さらにタンブラヒユーズとブラケツトの漏電との関係についても、これによつて被告人らに過失なしとする理拠とすべからざることは、前説示によつておのずから明らかであつて、所論のごとく従来ブラケツトより漏電した例を聞かぬとし、もつて被告人らにおいて本件漏電の危険はまつたく予見不可能であつたと断ずべき筋合ではない。
第四、前同四、について
被告人津野及び同村山についての注意義務についての原判示がいずれもその履行について期待できる限度を超えているので過失の責を負わせることができない旨の原審弁護人(小野弁護人)の主張(同弁護人の原審弁論要旨のハ)については、原判決が原判示の罪となるべき事実及び弁護人の主張に対する判断として、説示するところをかれこれ照らし合わせてみると、これを容認することはできない旨を判断したものと認められるが故に、所論のような判断遺脱の違法は存しない。
第五、前同五、について
原判決が事実認定の証拠に採用した木村金造外一名、金原寿郎外一名、及び山崎貫三外一名、作成の各鑑定書において火災発見の状況について所論「新潟市における大火事捜査概況」と題する書面の一部をその資料として供されているとしても、鑑定の資料についてはとくに法律上なんら制限はないのみならず、各鑑定書の内容に照らしてこれを伝聞証拠と目すべきではないが故に、これを断罪の資料とすることができないものとはいわれない。要は鑑定の結果を首肯するに足る説明が備つていればこれを証拠とするを妨げないものであるから、これを援用した原判決の採証に違法はない。さらに右各鑑定書に顕われた本件出火の原因については、木村金造外一名作成の鑑定書によれば本件火災の原因は、本件ブラケツトのソケツトの電線接続附近の電線の被覆が、絶縁不良となつたか、または台風のため風圧でブラケツトのソケツトがゆれて、電線の端末とブラケツトのパイプの先端が接触したかのいずれかの現象により、このブラケツトをモルタル壁に取付ける際木台を使用せず、またカールを用いていなかつたためにブラケツトを取付ける木ネジがラスに接触していたのでパイプの先端からパイプ、木ねじ、ラスを経て電話ケーブルから大地に至る漏洩電流回路が構成され、その回路中の木ねじとラスの接触部分で発熱現象を起し、ラス下のフエルト紙、木摺などの可燃物に着火し、壁内を燃え上り火災に至つたものと判定される、というのであつて、金原寿郎外一名の鑑定書によれば、本件火災の出火点、発火後の燃焼の経過がいずれも原判示のごとくであり、燃焼開始の推定時刻が午前一時を中心として前後数十分の間の頃であろうと考えられるということであり、山崎貫三外一名の鑑定書によれば、一、本件火災は漏電によつて生じたものと判定する。第三分館西側外灯の電球受口附近の構造がやや不完全で大風などの際は、電線に無理を生じパイプ断面よりパイプを通じ、同外灯の止めねじよりラス張りに漏電したと推定される。このためねじとラス張りの接触部分及びラス張り網目の接触部分より発熱して火災を生ずる可能性がある。二、西側外灯のパイプの切断口の損傷は電気による熔痕と認める。三、同じく同外灯の止めねじの損傷は電気による熔痕と認める。というのであるから、けつして所論のように、ラスとビスとの間にシヨツト現象を起して発火したものとすこぶるあたりまえのことを云つているに過ぎないわけのものではなく、よしやこの現象がいかなる原因に基いているかは決定づけていないとしても、ブラケツトの漏電によりその木ねじとワイヤラスとの接触又はその附近部分或いはワイヤラス中において発熱現象を生じたことによる発火であることにおいては相違なく、所論のように、どこか他の個所に電気的の故障が起り、それが原因で発火し、その火が空洞の中を吹き抜けて本件発火場所と目されるところから火を発見するに至つたものとみるべき跡はない。従つて右各鑑定書が発火原因を確定する証拠として明確を欠くわけのものではなく、よしやソケツト破損の原因を確定せず、また漏電の原因がどこにあるか確定するところがないとしても、出火原因の認定としては欠くるところはないというべきである。もしそれ、電気工作物規程すら漏電の危険を予定していなかつたと思われるとする所論にいたつては、独自の見解というの外はなく、被告人らにおいて危険が予見できなかつたとはとうてい容認することはできない。
その他所論の各点をあらゆる角度から検討してみても原判決に所論のような事実誤認の廉ありとみるべき跡はなく、また所論のような違法は一つとして発見せられない。
(尾後貫 堀真 堀義)